* 文豪徳富蘆花と蘆花恒春園 *
環八の千歳台交差点付近、環八に面して芦花公園(ろかこうえん)があります。大きな都立公園だし、京王線に芦花公園駅というのがあるし、環八に面しているしと、それなりに知名度のある公園だと思います。
芦花公園のややこしいところは芦花公園、蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)といった複数の表記があるところです。正式には都立蘆花恒春園というのが正しい表記になります。
一般的には、東京都の史跡に指定されている徳富蘆花氏の旧宅や記念館がある部分を蘆花恒春園と呼び、周りにある広場や児童公園を含めた大きな公園という意味合いで芦花公園という使われ方をしている感じです。
駒沢オリンピック公園が駒沢公園と呼ばれるように、呼びやすく、そして読みやすい漢字に直した名称、いわゆる親しみ込めた愛称というのが芦花公園になるでしょうか。
芦花公園といえば、徳富蘆花氏という事になるのですが、ご存じでしょうか。徳富蘆花氏といえば、明治から大正にかけて活躍した文豪で、「不如帰」「自然と人生」「みみずのたはこと」などといった作品が知られています。
その彼が明治40年(1907年)、数え40才の時に土に親しむ生活を営むため引っ越してきたのが粕谷のこの場所であり、昭和2年(1927年)9月18日に60才で逝去するまでの約20年間ここで晴耕雨読を楽しみながら過ごしました。
その後、昭和11年に蘆花夫人の愛子氏が東京都に土地、建物、樹木、家具や生活用品などの遺品の寄贈を申し出ました。
寄贈にあたって夫人はなるべく現状を維持し、故人の生活状態を偲びうるようにして欲しいと希望し、その要望が受け入れられ、公園化されることとなりました。
その後約1年かけて工事を行い、蘆花夫妻移住満30年にあたる昭和13年2月27日に開園式が行われました。
公園の名称は故人の命名に従い蘆花恒春園と付けられたのですが、この名の由来は大正七年頃に台湾の南端の恒春という場所に彼の農園があるといった評判が立ち、ある人からその農園で働かせてくれないかと依頼された事に起因するようです。
これはあくまでも噂で、台湾に農園があるといった事実はなかったのですが、これは何だか縁起がいい話だぞと考えた蘆花は「永久に若い」という意味も含めて自分の土地を「恒春園」と名付けたそうです。プラス思考というか、想像力豊かというか、なんとも物書きらしい発想ではないでしょうか。
現在の恒春園は、寄贈された身辺具、作品、原稿、手紙、農工具などの遺品を収蔵、展示するために新しく昭和34年に建てられた蘆花記念館を中心に当時蘆花が暮らしていた母屋、秋水書院、梅花書屋といった建物群、蘆花が植えたモウソウチクの竹林、雑木林、夫妻の墓などから構成されています。
園内は茅葺きの建物を中心に、雑木林や竹林などかつての世田谷の原風景を感じさせてくれるとても貴重な空間となっています。
* 徳富蘆花旧宅と愛子夫人居宅 *
昭和58年~60年度にかけて大改修が行われた母屋などの古建築物は、昭和61年3月10日に「徳富蘆花旧宅」として東京都指定史跡に指定されました。
内部は一般に公開されていて、軒先に広がる雑木林も相まってかつての武蔵野の面影や、晩年の蘆花の生活ぶりを垣間見ることができす。
入り口は猫が入らないように扉が閉められています。少々入りづらい雰囲気がしますが、開館時間内なら自由に見学する事ができますのでガラッと扉を開けて入りましょう。
母屋は手前の梅花書屋と奥の幸徳秋水に因んで命名された秋水書院が見どころとなっています。
特に秋水書院の書斎や寝室は独特の趣きを感じ、また置いてある調度品などから大正、明治の文豪の雰囲気がぷんぷんと漂ってくるはずです。あまり興味がなくても時間があるなら訪れる事を勧めます。
母屋の廊下にはさりげなく古いオルガンが置いてあります。味のあるオルガンだなと思っていたら、現存する日本最古の国産オルガンだったことが判明したようです。蘆花さんやりましたよ!ってな感じでしょうか。どっかの蔵にもっと古いものが眠っていない限り、このオルガンの所有者としても知名度が上がるのかもしれません。
オルガンは明治36年に製造されたもので、メーカーは西川。足で踏んで音を出す式のものですが、今でも音が出るのでしょうか。こんなところでただ置かれていてはいけないような代物のような気もするのですが・・・。
母屋から少し離れた場所、蘆花記念館の裏側に愛子夫人居宅があります。こちらは瓦葺の純日本風の建物で愛子夫人が暮らしていた建物となります。中の見学はどうか分かりませんが、梅花書屋と同様に集会場として和室が有料で使用できるようになっています。
この建物は愛子夫人が茅葺の母屋を寄付した際に当面の暮らす住居として昭和13年に東京市が建てたものです。実際に愛子夫人がここに暮らしたのは翌年までと短い期間でした。それは現在の花の丘辺りに屋外ごみ集積場ができ、風向きによって悪臭に悩まされたからのようです。
また第三回せたがや地域風景資産にもこの恒春園エリアが選定されています。この他にも花の丘やトンボ池など3つも同じ公園から選ばなくても・・・と思ってしまいますが、選定にあたっては文化財に指定された茅葺きの建物を中心に、雑木林や竹林など世田谷の原風景を今も感じさせる風景である事。そしてそういった建物を利用して、公園事務所とボランティア団体が連携したコンサートも行われているといった事が考慮されています。
* 蘆花を偲ぶ集いとかやぶきコンサート *
建物エリアから少し離れた場所に蘆花夫妻の墓がひっそりとあります。木々に囲まれた一角に大きな自然石の墓石がドカッとあるようなシンプルなもので、墓石は奥多摩渓谷から入手し、墓碑の文字は長兄の徳富蘇峰氏が銘を刻んだものです。
毎年命日近くの9月の第三土曜日に「蘆花を偲ぶ集い」が行われていて、その時には大勢の参拝者によって献花されるので少し華やかになります。
献花が終わった後には梅花書屋前で蘆花氏にまつわるお話会などが行われます。蘆花の身内の方もわざわざ来られていました。誰でもお話を聞く事ができますので興味があれば参加してみるといいかと思います。
蘆花を偲ぶ集いと同じ日と、それ以外にも年に3回ほどだいたい5月、7月、10月に茅葺の梅花書屋を利用して小さなコンサートが行われます。
私が訪れたときは弦楽四重奏の演奏が行われていましたが、ピアノだったり、ジャズだったり、タンゴだったりと様々なジャンルの演奏が行われます。
このコンサートは茅葺きコンサートと名付けられていますが、まさにその名がピッタリで、とても茅葺を含めた雰囲気が素晴らしかったです。なかなか都会で茅葺家屋を舞台にした演奏を聴く機会はないので、貴重な演奏会となります。
* 芦花公園について *
その他、ドッグランやヤゴの学校、そしていつ訪れても素晴らしい花の丘など芦花公園には魅力的な施設や広場があります。いずれも百景選定後、平成時代に設置されたものです。
ドッグランについて書くと、ドッグランというのはフェンスで囲んで安全を確保したエリア内で犬を散歩綱なしで遊ばせることができる場所の事です。ここは面積が1450㎡と結構広いスペースが確保されていて、大型犬エリアと小型犬エリアに分かれています。多分、区内の公園で一番最初に設置されたドッグランになるはずです。
管理は芦花ワンクラブによるボランティアが中心となって行われているようです。規則が多くあるようなので、もし興味を持って行かれる方は公園のHPのドッグランの規則に目を通しておいた方がいいと思います。
そして近年芦花公園で一番華のある場所というか、活気のある場所は花の丘です。花の丘なんてものはどこの公園にもあるよといった感じかもしれませんが、ここの花の丘はとっても素敵で、広々とした丘の花壇には一年中花がきれいに咲いています。
花があること自体で心の安らぎがあるのですが、ここでは花を通じて地域のコミュニティーを活性化をしようといった狙いもあって、季節の花に合わせて、月に一度花の丘フェスタというイベントも行われています。
特に4月の桜祭りは一年の中で一番大きなイベントで、花の丘のシンボルである15本の高遠コヒガン桜にちなんで「高遠コヒガン桜まつり」と名付けられ、2日間に渡ってステージなどのイベントが行われます。
管理の方は「NPO法人蘆花恒春園花の丘友の会」というボランティアの方々が行っていて、こういった地域の人々の努力して作り上げた風景ということで、ヤゴの学校とともにせたがや地域風景資産にも選定されています。詳しくは「地域風景資産1-31」のページに載せていますので、興味があればご覧ください。
こういった特徴のある施設以外にもアスレチック広場に児童公園といったお決まりの施設もきちんとあります。木々が多く植えられているので、新緑の季節には木陰が多くでき、紅葉の季節には彩り豊かで、大量に落ちた落ち葉で子供たちが遊んでいたりします。
公園のすぐ近くに小学校があり、また付近にマンション等の集合住宅が多いせいか、いつも子供達の賑やかな声が聞こえているように感じます。
* 感想など *
かつてこの地に暮らしていた徳富蘆花という作家を知る人は多くないと思います。でも今では芦花公園の名は多くの人に知れ、私のように公園から徳富蘆花のことを知り、恒春園エリアを見学して始めてその存在を実感した人もいるはずです。
蘆花がいたからできた公園。芦花公園で知り合ったボランティア仲間、犬友達などなど、これもやっぱり蘆花がいたから巡り合った縁になるのでしょう。きっと天国で蘆花夫妻も自分たちを取り巻く大きな縁ができていることを喜んでいるに違いありません。
蘆花恒春園エリアは世田谷の中でもタイムスリップしたかのように武蔵野の面影を残す数少ない場所です。それに大正文学の雰囲気が加わり、とても落ち着く場所になっています。春から晩秋にかけて雰囲気がいいので、物書きになったような気分で気の向くまま足を運んでみてはどうでしょう。
せたがや百景 No.39-1 蘆花恒春園
ー 風の旅人 ー
2018年5月改訂