第3章 ユーラシア大陸横断
#3-10 シベル島での原始生活と虫歯
2000年5月~7月
ユーラシア大陸を西へ向けて横断をしていたはずが、インドネシアの島旅にはまってしまいました。(*第3章は現在制作中)
23、島国インドネシアにはまる
(*イラスト:ナロンエースさん 【イラストAC】)
5月10日、マラッカ海峡を船で渡り、インドネシア領スマトラ島に上陸。7か国目となるインドネシアの旅が始まった。
インドネシアは東南アジアの南にある多島海国家。島の数はおよそ1万8千とも言われている。これだけ多ければ世界でも一番の島国だろう、と思ってしまうのだが、残念ながら5番目で、スウェーデンなどのスカンジナビア諸国とカナダが上位にいる。
これらの国には島国といったイメージが湧いてこないが、流氷が削った複雑な地形により、海や湖沼に無数の岩礁があり、それらが定義上「島」という扱いになっている。
ついでに書いておくと、同じような島国国家である日本は6,853島で構成されていて、世界では8番目になる。
島の数よりも気になるのが、国の名前。「ネシア」というのは古典ギリシャ語の「島々」を意味していて、直訳すると「インドの島々」という国名になる。インドとは宗教も違うし、場所もそれなり離れているし、歴史的に分裂したという話もない。
調べてみると、この理由は大航海時代に遡る。この地域に進出したオランダ人などの西欧人が、東南アジアをインドの東ということで、「東インド」と呼んでいたことに因んでいる。実際、オランダが植民地として統治していた時には「オランダ領東インド」と名付けられていた。
インドネシアという国名が使われ始めたのは、オランダの植民地支配に対抗する民族運動が勃発していた1920年代。日本の支配が終わった後、1949年のハーグ協定でインドネシア連邦共和国として独立が認められ、正式な国名となった。
それ以降インドネシアとなっているのだが、「本当にインドの島々という国名でいいの?」などと、お節介ながら思ってしまう。
*国土地理院地図を書き込んで使用
そのインドネシアだが、私が試みているユーラシア大陸横断という視点だと、完全にコース外となる。「ちょっと行ってみようか」というには離れすぎているので、ユーラシア大陸横断を試みている人でインドネシアを訪れる人は少ない。
私も当初は、「入国などに面倒がなければ、ちょこっとだけスマトラ島に入ろうかな・・・。旅人のステータスである訪問国数が増えるし・・・」といった程度にしか考えていなかった。
そのため、マレー半島を自転車で縦断することに決めると、インドネシア行きは諦めることにした。しかし、途中で自転車を盗まれ、自転車旅を断念。そのままバンコクに戻るのも癪だし、マレーシアに不信感を抱いてしまったこともあって、インドネシアへと風向きを変えた。
とはいえ、あくまでも私の旅の主題はユーラシア大陸を西に向かって横断していくこと。あまり奥の方まで行くと、戻ってくるのに苦労する。気分転換的な寄り道として、少し足を延ばしてジャワ島の世界遺産になっているボロブドゥール遺跡やプランバナン遺跡を見て、1か月程度で再びマラッカに戻ってくる予定で入国した。
しかし、見事にインドネシアの旅にハマってしまった。「インドネシアの旅は面白いぞ。ユーラシア大陸横断するよりも有意義かもしれない」と。
その理由は、島ごとに文化や宗教が異なるため、同じ国を旅をしていても色々な刺激があり飽きにくいこと。そして物価が安く、食事は口に合い、言葉も比較的覚えやすい上に人々も親日的と、腰を据えて旅をしやすい環境が揃っていることも大きかった。
中でも一番の要素となったのが、バリ島と世界遺産の遺跡があるジョグジャカルタ界隈を除けば、旅行者がビックリするほど少なく、日本人旅行者にいたっては滅多に出会うことがなかったことだった。
これまでベトナム、カンボジア、タイと旅行してきたが、ちょうど卒業旅行シーズンと重なったこともあり、観光地や安宿では多くの日本人旅行者の姿を目にした。私同様にユーラシア大陸横断を目指している旅人にも多く出会った。
「人と違った生き方をしたい」といった単純な理由で旅をしているわけではないが、目的地や旅のスタイルは異なれど、同じような試みをしている人が思っていた以上に多いことに、旅をしながらモヤモヤしたものを感じていた。
(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】)
散々迷い、仕事を辞め、親に心配や迷惑をかけてまでして旅に出てきたのだが、実は自分のやっていることは、世間ではそれほど珍しいことではないのかもしれない。
そう考えると、ただ単にロカ岬にたどり着いたとしても、得られる経験値や達成感は限定的なもので、自己満足で終わってしまいかねない。
もっと高みを目指すような旅をするなり、こだわりや特徴のある旅をしていかないといけないのでは・・・。他の旅人を見ながらそういった思いを強めていた。
その点、インドネシアでは他の旅人に会う機会が少ない。これは好都合だった。模擬試験の偏差値とか、営業の成績表みたいなストレスから解放されるし、他の旅行者たちがぞろぞろと歩いた「定番ルート」がないので、「旅をさせられている」ような感覚に陥ることもない。
(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】)
もちろんいいことばかりではなく、自分らしい旅ができる反面、頼れるのは自分しかおらず、自分でしっかりと考えて行動していかなければいけない。道なき道を進むのは体力や気力を使うし、孤独との戦いになることもある。
でも、それを孤軍奮闘でこなしていくことこそが一人旅の醍醐味だと言える。そして何より、その環境下だからこそ自分自身をしっかり磨くことができる。
さらに言うなら、「地球の歩き方」のインドネシア版はバリ島とジョグジャカルタ周辺の記載ばかりで、それ以外の場所へ足を運びにくい。
「だったら私が色々と開拓していき、インドネシアの魅力を発見していけばいい。自分が楽しいのはもちろん、他の人の役にも立つではないか」と、好奇心やら満足感に使命感が加わり、どんどんと深みにはまっていった。
(*イラスト:しのこさん 【イラストAC】)
なぜインドネシアに旅人が少ないのか。その理由は、ユーラシア大陸横断の王道コースから外れているので長期で旅する人が少ないことや、島国なので他の国と合わせて訪れにくいことなどが挙げられるが、2年前の1998年5月にジャカルタを中心に起きた暴動も影響しているようだ。
この時、約9千人の在留邦人が臨時便やチャーター便で国外に退避した。この暴動を機に日本人旅行者がぱたりと来なくなってしまったという声をあちこちの観光地で聞いた。大きくニュースで報じられたので、危ない国といった印象が今も続いているのかもしれない。
24、シベル島ツアーの勧誘
*国土地理院地図を書き込んで使用
予定外に訪れたインドネシアで、インドネシア旅の魅力に取りつかれてしまうわけだが、そのきっかけとなったのは、入国した翌日から参加したシベル島へのツアーだった。
マラッカからスマトラ島のドマイに渡り、そこから夜行バスに揺られ翌朝、ブキティンギに到着した。赤道直下に位置していながら標高が高く、比較的過ごしやすいブキティンギは、古くから避暑地として名が知られている。
この町に暮らすのはミナンカバウ人。彼らの文化の象徴は「牛の角」で、町には屋根の両端が牛の角のようにとんがっている住居が並んでいる。その様子はなかなかメルヘンチックで、面白く感じる。
ブキティンギで宿を決め、「さてどこから観光しよう・・・」と部屋で考えていると、一人の男が訪ねてきた。彼はガイドを名乗り、ツアーの勧誘をしてきた。日本では図々しく感じるような行為でも、インドネシアでは当たり前。旅行中、何度もこういった体験をした。
彼が勧誘してきたのは、今日の午後に出発するシベル島へのツアー。出発にあたり一人でも多く客を集めたいのだろう。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
スマトラ島の南西側に沿ってメンタワイ諸島がある。この中で一番大きな島がシベル島(シベルト島)。ジャングルが広がるこの島では、原住民が半裸の姿で昔ながらの生活をしているという。なかなか冒険心をくすぐられる島だ。
シベル島へは定期船の便があるものの、現地には泊まる宿がなく(当時の話)、個人では訪れにくい。でも、ツアーならそれが可能だ。しかも、原住民の家に泊まりながらジャングルでの生活体験もできるという。
話を聞くと面白そうだ。興味をそそられる。ただ、出発は今日の午後。しかもツアーは移動の2日間を含め、10日間。昨日インドネシアに入国したばかりで、まだ勝手がわからない状態なのに、いきなりこんなハードなツアーに参加しても大丈夫だろうか。まったく心の準備ができていない。
そう伝えると、船の便は週に一度しかないので、今日を逃すと次の出発は1週間後になるとのこと。1週間も待てないから、今日参加しなければ縁がなかったことになる。どうしよう。行きたい気持ちと遠慮したい気持ちが激しく葛藤していた。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
迷う私に、「原住民とジャングルで一緒に生活するなんてことは他ではできない」「人生において二度とできないような貴重な体験になる」「君は運がいいぞ。今日がその出発の日なんて!」と、ガイドはどんどんあおってくる。口では渋りつつも、私の顔にはしっかりと「行きたい」と書いてあったのかもしれない。
そんなガイドの熱意に心動かされた。このガイドとだったら少々の困難があっても何とかなるだろう。普通のツアーではないので、強引さ=逞しさとなり、逆に心強く感じたりもする。それにジャングルでの8日間の生活滞在は、今しかできないプライスレスな体験となることは間違いない。
といった流れで参加することになったのだが、今の私の心境としては「自転車を盗まれ、ふ抜けている自分をジャングルに放り込んでみることにした」という表現が適切だろう。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
出発まで時間がない。急いで準備をしなければ・・・。慌ただしく銀行へ行って両替をしたり、10日分の身の回りの物を購入したりして、時間ギリギリで集合場所に到着。そして同じツアーに参加するメンバーと対面した。
今回のツアーメンバーは、イギリス人とドイツ人の2カップルに、カナダ人の女性と私の計6人。ガイドは私を勧誘に来たエディ。いったいどういった旅になるのだろうか。まさに秘境へ冒険に旅立つ心境で、ワクワクが止まらない。
25、ジャングルでの生活体験
ブキティンギからバスに乗ってシベル島への船が発着しているパダンへ向かい、そこから夜行船に乗って、翌朝シベル島に到着した。港がないため、フェリーから小舟に乗り換えての上陸だった。
シベル島を始めとしたムンタワイ諸島は、島の大部分を熱帯雨林が覆っている。暮らしているのは、メンタワイ人(ムンタワイ人)。島に暮らす住民の全てが文明社会と少し距離を置いた伝統的な採集狩猟生活を送っているわけではなく、一部の住民が伝統を守り続けているとのことだ。
伝統的なメンタワイ人は、日本的な表現をするなら「ジャングルの中でふんどし姿で暮らし、身体には刺青を入れている民族」になる。
そして水道、ガス、電気を使わずに狩猟や簡単な農耕、畜産をしながら生活している。「まるで原始時代にタイムスリップしたかのよう」といった表現をよく見るが、それはあながち間違いではない。
ただ、電気に関しては車のバッテリーを使うこともできるし、底の厚い靴(サンダル)やウエストポーチは必須品となりつつあり、少しずつではあるが文明も入ってきている。なので、「ジャングルで自然とともに生きている」という表現の方がしっくりくる。
彼らが信仰しているのは精霊信仰(アニミズム)。自然界の動物や植物、自然現象などに霊魂や精神的な存在が宿っているとする思想で、日本の自然界の万物に神々が宿る「八百万の神」の文化に重なる部分も多い。
同行したメンバーの一人が体調を崩したときも、薬草とお祓いによって治そうとしていた。まるで神社でお祓いをしているかのようで、日本人の私が彼らの行動や価値観を見て、親近感を覚えたり、類似性を感じたりする場面は意外と多かった。
とはいえ、虫歯になったり歯が痛くなったりしたとしても、お祓いでは気休めにしかならない。ここ数年、歯で苦しんできた私は、そのことを身に沁みて知っている。
ガイドのエディに、悪戯っぽく「虫歯(歯痛)もこうやって治すの?」と聞いてみると、彼は笑いながら「そうだけど、治らないよ」と言い、続けて「実は、近年それで困っている人が多いんだ」と教えてくれた。
なんでも、近年では甘いお菓子などがこの島に大量に入ってくるようになり、虫歯で苦しむ人が増えたという。お祓いで虫歯退散を願っても虫歯が退散していくはずがない。薬草などで痛み止めを調合しても一時的には歯痛が和らぐかもしれないが、根本的な原因が治るわけではない。歯のトラブルにはほとほと手を焼いているそうだ。
昔は寿命も短かったし、虫歯の原因となりやすい甘いものも少なく、歯をあまり磨かず、お祈りするだけでもよかったのだろう。
それが近代の文明が入ってきたことで、虫歯を含めて新しい価値観が島へ入り、今までの伝統的な方法では対処できないことが増えてしまった。特に歯を中心とした健康に関することでは苦労しているようだ。
(*イラスト:annyさん 【イラストAC】)
最近では、時々訪れる我々のような旅行者が熱心に歯を磨いているのを見て、「歯ブラシと歯磨き粉を使って歯磨きをすれば虫歯になりにくい」と理解し、真似をして歯磨きの習慣を取り入れるようになってきた。
とはいえ、長年の習慣が身に付いてしまっている年配者は、「そんなの迷信だ・・・」的な感じで、気が向いたら磨く程度だという。
問題はもう一つある。虫歯になった歯は歯医者へ行き、削るなどの治療を行わないと治らない。逆に言うなら、軽い虫歯だったら歯医者で適切な治療を行えば、これ以上苦しむことはない。
しかし、島には近代的な治療をする歯医者がなく、気軽に治療を受けることができない。これは切実な問題である。それとともに、今まで祈祷で済ませていた彼らにとっては、病院は価値観が違う異形の存在になるようで、歯医者に限らず「病院」と名が付く場所へはなかなか行きたがらないそうだ。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
エディの通訳で話を聞くと、泊まっていた家の家長は健康診断で病院に行かされたものの、注射を見て怖くて震えていたそうだ。ジャングルの中で半裸で逞しく生きている彼らが、病院で注射を前にして縮こまっている様子を想像すると、悪いが吹き出してしまった。
そんな状態なので、船に乗ってスマトラ島の歯科病院に行くぐらいなら、少々の虫歯なら我慢してしまうとか。虫歯は放っておいて治ることはない。むしろ、先延ばしにすればどんどんとひどくなっていく。我慢が出来なくなってようやく歯医者へ足が向く頃には、もう手遅れな状態になっていることが多い。
こうなると治療は簡単ではない。何度も通わなければならない。しかし、遠距離の通院は容易なことではないため、それなら歯を抜いてしまった方が早いし、効率がいいとなる。
結局、費用をかけて歯医者を訪れても、歯を抜いただけでは、あまり治療のありがたみとか、効果を感じない。だったら行かなくてもいいか・・・となり、一度行くと、二度と行かなくなる人もいるとか。
その気持ち、よくわかるよ。メンタワイ人。虫歯を我慢し、歯に大穴を開けてしまった昔の自分を思い出しながら、ジャングルに暮らしていても人間が考えることは一緒だな・・・と、親近感がわいてしまった。
(*イラスト:ティアナトさん 【イラストAC】)
虫歯の話になったので、彼らが普段食べているものも紹介しておこう。彼らがよく食べているものは・・・、なんとインスタントラーメン!というか、その即席麺。
常温で長期保存ができるので、ジャングルでは常備食となっていた。私自身、ジャングルで1週間暮らしてみて、インスタントラーメンの偉大さを凄く実感した。・・・というのは、笑い話のようだが、本気で実感したことでもある。
インドネシアのインスタントラーメン(焼きそばとしての利用が多い)の消費量は、この当時は世界一だった(現在は中国に抜かれて2位)。こういった不便な場所での消費が一役買っているのは間違いない。
私の中で衝撃的だったので、インスタントラーメンについて少々大袈裟に書いてしまったが、実際のところ、主食となっているのはサゴヤシ。ヤシ科やソテツ目の植物で、幹からサゴという食用デンプンが採れる。
木を倒して、木を削って収穫していくわけだが、木の中が真っ白なのにまず驚く。そして、それが簡単に削れ、食料になってしまうというのは、とても不思議な感覚だった。
ただ、この削ったものは鶏はおいしそうに突っつくが、人間が食べてもおいしくはない。水でろ過してデンプンを抽出し、それを乾かして粉状のサゴ粉にする。これを食用としている。
サゴ粉は竹筒に入れて蒸し焼きにしたり、葉で包んで火であぶったりして食べる。見た目が白いので、ホットケーキミックス粉を連想して、香ばしさなどを期待してしまうのだが、味の方は・・・。虫歯になりにくそうなぐらい淡白だった。
ジャングルで数回食べる分には、「変わった味だね」「ジャングルらしいね」と食べられなくもないが、普段の生活では積極的に食べたいとはならない味だった。実際、日本にもサゴ粉は入ってきているが、うどんなどの「打ち粉」として使われている。味の淡白さがよくわかる用途だろう。
サゴ粉以外では、タロイモやバナナなども主食の役割を担っているが、近年では島外からくる即席麺や米がその役割を担いつつある。
忘れてはならないのが、彼らは「採集狩猟民族」だということ。ジャングルにいる動物たちを狩りで仕留めて食している。そう思って島へやって来たのだが、現実は鶏や豚を飼育し、それを食べている。
昔は狩りも盛んに行っていたそうだが、今では動物も少なくなったし、狩りをする人出も足りないしと、狩りに依存した生活は行っていない。捕まえるものといえば、サゴヤシの木の中にいるサゴワームという虫の幼虫。これを好んで食べていて、彼らの貴重なタンパク源となっている。
このサゴワームというのは、まんまカブトムシの幼虫の姿をしていて、普通の日本人なら「え、これを食べるの・・・」といった代物。勧められたが、同行したメンバーの誰一人食べることができなかった。
ジャングルでの生活は、季節による変動もあるかと思うが、雨と湿気と泥との戦いになる。水自体は定期的に空からたくさん降ってくるので、まず水で困ることはない。その点では安心感がある。
しかし一たびスコールが降れば、大量の雨で地面がぬかるんで歩きにくいし、雨上がりの湿気は不快感満点だ。それに雨水を溜めれば色々と使えるものの、そのまま沸かしても泥の味がしておいしくない。恵みの雨であると同時に厄介な雨でもあったりする。それがジャングル(熱帯雨林)というものなのだろう。
ジャングルが不慣れな人間にとって一番不安に感じるのは、トラとか巨大なトカゲなどといった獰猛な生物に襲われないかといったこと。幸いなことにこの島にはそういった動物は生息していない。クマが出る日本の方が危ないくらいだ。
人間を襲う動物がいないなら安心・・・とはならないのが、ジャングルの恐ろしさで、本当に怖いのは小さな虫たちだ。蚊に刺されて発症するマラリアやデング熱は怖い病気で、世界で年間100万人以上が亡くなっている。
インドネシアでも都市部ではほとんど感染の危険はないが、多いのは田舎などのあまり人が住まない地域。当時のシベル島はマラリア危険地域に含まれていたため、蚊に刺されないように細心の注意を払いながら過ごしていた。
しかし、相手は小さな蚊。気がついたら刺されている。刺されるたびに「マラリアにならないだろうか・・・」と不安が募り、これがとてもストレスになっていた。
ほかにも、寝ているとダニのようなものに刺されるし、川辺を歩けばヒルが引っ付く。得体のしれない虫がいたり、危険な病原菌も存在するかもしれない。もし日本から直接ここを訪れていたなら、虫のストレスで発狂していたかもしれない。
その昔、日本兵はジャングルでマラリア、赤痢などの病気に苦しんだ。アメリカ軍もベトナムで苦しんだ。蒸し暑さ、泥、病気に加え、小さな虫たちや病原菌などといった「目に見えないものへの恐怖」も加わると、精神的にひどく堪える。
彼らはそれに加え、心身をすり減らしながら命がけの戦いをしていたわけだし、今よりも病気などの正確な情報も少なかった時代でもあった。敵兵と戦う以前に、想像を絶するようなストレスと戦っていたことだろう。
8日間の滞在を無事に終えると、ツアーでありながら「やり切った」という強い充実感があった。ジャングルで原住民の人と一緒に1週間滞在した経験は、生涯忘れられない思い出となるだろう。
観光地を回るだけが旅ではない。そのことはベトナムでのホームステイでも感じていたが、この滞在を終えると確信へと変わった。そしてもっと色々な場所で暮らしている人たちの生活を知りたいと思うようになった。
幸いなことに、インドネシアの場合は島ごとに文化が違い、島を渡り歩く楽しみがある。メンタワイ人のように独自の文化を持った民族も多い。もしかしたらユーラシア大陸横断するよりも、交通が不便な島を巡る旅の方がやりがいがあるのではないか。そんな考えが芽生えてきた。
現在ではインターネットの普及から世界的に文化の均一化が進みつつある。辺境の地にも都市部で使用している便利な家電や工場で大量に製造された食品が入りつつある。まだ古き良き習慣が残っている今だからこそ、こういった島を訪れることに凄く価値があるのではないか。
島国育ちの日本人だから魅力的に感じるのかわからないが、文明社会と少し距離を置いた島を巡る旅に、凄く惹かれる私がいた。
第3章 ユーラシア大陸横断
#3-10 シベル島での原始生活と虫歯 #3-11 半年経過とリアルタイム旅行記 につづく