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旅人の歯医者日記

第3章 ユーラシア大陸横断
#3-8 バンコクからシンガポールへ

2000年4月~5月

バンコクで一息ついた後、友人に会うためにシンガポールへ向けてマレー半島を縦断していきました。(*第3章は現在制作中)

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18、バンコク到着

東南アジアの地図(*イラスト:watageさん)

(*イラスト:watageさん 【イラストAC】

ベトナム、カンボジアと旅していき、4月18日、4か国目のタイに入国した。そしてそのまま首都バンコクへ直行した。

バンコクは東南アジアの中央に位置している世界有数の巨大な都市。日本のバブル期などはリトル東京などと呼ばれるなど、日本の資本や文化に大きく影響を受けながら成長してきた。繁華街などには日系のショッピングセンターがあり、手ごろな日本食レストランや馴染みのある世界的な飲食チェーン店が多くある。

旅に疲れているときには口に合う日本食を食べたり、日本の文化を感じる場所を訪れると、精神的に落ち着くことができる。この時代の日本人旅行者にとって、バンコクは砂漠のオアシスとか、温泉地のような心休まる存在になっていた。

タイ バンコク 伊勢丹前の通りの写真
伊勢丹前の通り

それはちょっと大げさに言い過ぎでは・・・。現在の感覚ではそう感じるかもしれないが、2000年頃だと日本の飲食店があったり、日本のものを手に入れられる店があったのは、アジアでは香港、バンコク、シンガポールぐらいだった。その中でも物価がダントツに安かったのが、ここバンコク。感覚的には日本の4分の1程度だった。

この時代、日本人の貧乏旅行者や旅行者もどき、定年退職者がバンコクに溢れかえっていたのは、こういった事情も大きく影響していた。今では物価が高騰し、生活費も日本並になりつつある。年金頼りの生活者は日本に戻り、マンションなどを借りてダラダラと長期で滞在する旅行者も減ったそうだ。

タイ バンコク カオサン通りの写真
カオサン通り

バンコクには世界的に有名な旅行者の町、カオサン通りがあり、ここで宿をとった。この界隈には安宿やレストラン、旅行代理店、旅行用品店などがずらっと軒を連ね、通りに世界各国から集まってきた旅人と、物見遊山に訪れるタイ人であふれかえっている。

1990年代から2000年代前半は日本人の割合が多く、特に夏と冬の大学が長期休校になる時期には、通りが日本人だらけとなることもあった。その様子はまるで日本人街さながら。他の国の旅行者にドン引かれる状態だった。

タイ バンコク 夜のカオサン通りの写真
夜は少し怪しい雰囲気になります

カオサン通りには旅に関することは一通り揃っているので、旅の準備はここで完結する。バンコク自体も位置的に東南アジアの中心になるので、どの方面にも進むことができるし、周辺国のビザも取得しやすい。ほんとバンコクは旅の準備を整えるにとても優秀な町で、日本からパスポートとお金だけしか持たずにやって来ても困らないほどだ。

今回の私の場合、日本を出国してから3カ月ほど経っているので、持参した持ち物で足りなくなったもの、壊れたものとかも出てきた。シャンプーとか歯磨き粉などの消耗品はなんでもいいのだが、靴やサンダルなどは少し高くてもしっかりとしたものの方がいい。バンコクで色々と補充することにした。

ガイドブックにしても、これから訪れる国のものを全て携えて旅をしていたら重くてしょうがない。でも安心。日本の本屋だってあるので、少し高いがこれから訪れる国の日本語ガイドブックを調達することができる。

カメラのイメージ(*イラスト:Takadayoさん)

(*イラスト:Takadayoさん 【イラストAC】

こういったありきたりな問題とは別に、少々困った事態を抱えていた。それはカメラ。カンボジアでは雨が多かったし、水掛祭りもやっていたしと、カメラが濡れてしまったせいか、動作が怪しくなってしまった。

バンコクに到着した翌日、観光案内所に向かい、カメラを修理できる店を聞くと、メーカーはどこかと聞かれ、ミノルタだと言うと、ミノルタのサービス窓口を教えてくれた。

早速そこを訪れてみると、一週間ぐらいで直るとのこと。さすが日本のメーカー。頼りになる。というか、さすがバンコク。と感心してしまった。

東南アジアの地図(*イラスト:watageさん)

(*イラスト:watageさん 【イラストAC】

肝心のユーラシア大陸横断旅はというと、バンコクから先のルートは数パターン考えていて、他の旅行者の情報や気候を考慮し、バンコクに到着してからどのルートにするかを決めようと思っていた。

ユーラシア大陸横断を試みる者にとって、頭を悩まさせるのがマレー半島の存在。タイから細長く南に延びている半島で、バンコクから南端のシンガポールまでおよそ2000キロの長さがあるので、往復するとそれなりに大変だ。

時間や予算の無駄だ。となる人は南下することなく、西へ向かって駒を進めていく。私の場合は訪問国を増やすことが見聞を広めることだと考えていたので、とりあえずシンガポールまで行こうと計画していた。とはいえ、マレー半島にはあまり見所がない感じだったので、2週間程度でバンコクに戻ってこようかと思っていた。

問題は先に北のラオスへ行くか、南のマレー半島へ行くか、それともタイ国内を周ってしまうかになる。6月頃からタイやラオスは雨季になる。一方、マレーシアは10月からが雨季。だったら先にラオスへ行っておいた方がいい。そう思っていたのだが、バンコクに到着すると少し事情が変わってしまった。

19、シンガポールへのバス旅

インターネットのイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

少し前のベトナム滞在中、ホーチミンでインターネットカフェを訪れると、高校時代の友人からゴールデンウィークにシンガポール旅行に行くかもしれない。といったメールが届いていた。

思えば、インターネットが普及してからというもの、海外旅行の様子が激変した。それは、今までは旅している側が絵葉書を送って近況を報告することはできても、その逆は難しかった。それがインターネットの普及で、気軽に相互に情報を伝達ができるようになったのだ。

とはいえ、私が旅していた2000年というのは、日本でようやくインターネットが世間一般に普及してきた頃。まだ海外では一般的ではなく、日本語の変換に苦労したり、カンボジアなどのインフラが整っていない国ではほぼ使えない状態だった。

なので、この時代の日本人の旅人同士の会話では、「お勧めの観光スポット」「お勧めの安宿」「日本語でインターネットが使える店」が情報交換の目玉となっていた。

悩むイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

それはさておき、この時は「シンガポールか。ちょうどその頃はタイを旅行しているだろう。タイ旅行にしてくれれば会いに行くのに・・・」と、大して気にしていなかった。

友人になら日本に帰国したら会えるし、国境を越えるのも大変だし、わざわざ旅程を変更してまでして会いに行く必要性を感じなかったからだ。

インターネットができなかったカンボジアを通り抜け、バンコクに到着すると、久しぶりにインターネットをすることができた。届いているメールを見ると、シンガポールのツアー旅行に参加することが決まったとあり、その日程が書かれていた。

その時に思ってしまった。ゴールデンウィーク後半の日程なので、まだ2週間も時間がある。タイからシンガポールは目と鼻の先。2週間なら時間的にもちょうどいい。ガイドブックとか、色々と持ってきてもらえば助かるではないか。そしてフィルムのネガなどを持って帰ってもらえると更に助かる。と。

そして、その場でシンガポールへ会いに行く旨と欲しいものリストの第一版を送信してしまった。

地図を見て悩むイメージ(*イラスト:poosanさん)

(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】

しかし、宿に戻って地図を開いてみると、その距離は約1900キロもあり、呆然。東北から九州までの距離がある。ちょっと会いに行くというレベルの距離ではないぞ。これなら少し高くてもバンコクの日経デパートで揃えた方が・・・と現実的に思ってしまうのだが、それは心にしまっておこう。

友人に会いに行きたいと思った理由はそれだけではなかった。ムイネ滞在を終えた後から、旅のモチベーションが少し下がっていた。

風来坊の身なので、ビザの期限が切れるぐらいしか、行動の目標がない。だらだらとスイッチの入らない状態が続いていて、気持がしゃっきッとしてこない。友人に会いに行くという明確な目的と期日ができると移動にも旅にも張り合いが出てくる。ここで頑張ってシンガポールまで行けば、また以前のような旅のリズムが取り戻せるのではないか。と。

問題は1900キロあるシンガポールまでどうやって行くかということ。バンコクからシンガポールへは飛行機が比較的安い。でも、なるべく飛行機は使いたくない。今回の旅の趣旨に反するからだ。

では、鉄道・・・。そういえば、バンコクからシンガポールへは国際列車が出ていたはず。アジアのオリエンタル急行的な感じだったはずなので、それに乗れば快適な旅ができるかも・・・。と、駅まで予約を取りに行ってみるが、ずっと先まで満席。これでは間に合わない・・。仕方なく、バスを乗り継いで向かうことにした。

タイ バンコク バンコク南バスターミナルの写真
バンコク南バスターミナル

カメラの修理が終わると、まずはタイ南部の国境の町ハトヤイへ夜行バスで向かった。その距離950キロ。15時間ほどの旅だった。

ここからはマレーシアの国境を越え、またバスに乗ってシンガポールの国境手前のジョホールバルまで・・・と、計画していたのだが、バイクタクシーの運転手の話だと、ここからシンガポール行きのバスが出ているとのこと。

そのバス会社のオフィスまで連れて行ってもらうと、小さな会社で、ちょっと怪しい感じもする。でも、話を聞くと、人がよさそうな感じだし、乗り換えがないのは楽でいいし、何より値段が格安。このバスに乗ることにした。

タイ ハトヤイのバス会社の写真
ハトヤイのバス会社

午後に出発ということなので、午前中はハトヤイの町をぶらつくなどして時間をつぶした。この町はイスラム教の影響が強く、タイなのにタイらしくない。さすが国境の町と面白く感じた。

そして昼過ぎにバス会社に戻り、お世辞にも立派とは言えないバスに乗ってみると、車内はタイ人の行商人のおばちゃんばかり・・・。しかも男性は日本人旅行者の私だけだった・・・。

場違いな感じというか、ハーレム状態で行商のおばちゃんたちに交じることになったのだが、バスの車内は賑やかで、これはこれで孤独感がなくていい。意外と楽しいバス旅になった。

一番印象的だったのが、シンガポールのイミグレーション。タイ人のおばちゃんたちには運命の関門といった感じで、悪戦苦闘。入国の審査には随分と時間がかかった。

バスに一人、また一人と戻ってくるのだが、みんな興奮した顔で、何を聞かれたとか、鞄を全部あけられて荷物を細かく調べられたとか話している。若い人ほど時間がかかっているといった感じで、なかなか面白い体験だった。

団結のイメージ(*イラスト:poosanさん)

(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】

朝5時、一人も欠けることなく(笑)、無事にシンガポールのバスターミナルに到着した。そして、明るく賑やかなおばちゃんたちに別れを告げた。

安宿に落ち着き、改めて考えてみると、香港から深圳までは鉄道で移動したが、深圳からシンガポールまでは、国境付近で使ったバイクタクシー以外はバスやそれに準じる乗り物での移動したことになる。

特にバスにこだわって移動していたわけではないが、これにてシンガポールまでのバス旅が完了。辛い移動が多かったな・・・。ほんとよく頑張った。今までの旅の軌跡を振り返ってみると感慨深いものがある。そしてありきたりかもしれないが、地球はやっぱり大きい・・・と、実感したのだった。

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第3章 ユーラシア大陸横断
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